小林万吾「富士」の修復

手彫りを施したどこかぬくもりを感じる額縁。
おだやかな色調でのびのびと描かれた雄大な富士。
画面右下には、作家サインと彼がこの絵を贈った方の名前「a aya(フランス語・イタリア語でaは~にの意)」が記されている。
きっと、この絵を介して両者にはあたたかく親密な交流があったことだろうと想像する。
小林万吾 油彩画「富士」の修復
■キャンバスの問題
織目の細かい麻キャンバスに描かれた作品。
一見、木枠へのキャンバスの張りには緩みや波うちが見られず状態は悪くなさそうに見える。

しかし、斜光照射観察では画面全体に細かい絵具の亀裂が生じており、キャンバス繊維も酸化と収縮により硬化していることが分かる。

作品キャンバスから木枠を取り外す。するとキャンバスと木枠との隙間にはたくさんの埃汚れが堆積している。

■絵具層の問題
過乾燥(油分の酸化)により画面全体に細かい亀裂が生じており、油彩画特有の艶と鮮やかさのない絵肌になっている。



■修復処置
●画面の汚れを調整した溶剤で洗浄する。経年の汚れを慎重に洗浄していくと、本来の色彩の鮮やかさが見えてくる。

●裏面の乾式洗浄。裏面は水分を使用せず掃除を行う。

●キャンバスの変形修正と絵具層の補強処置

■修復後



工房へ所蔵者様ご夫婦が、車で瀬戸大橋を渡って遠路はるばるお持ちくださった作品。
洗浄を進めていくと、緑色の中にも鮮やかな黄色、パステルカラーの緑色、濃い緑色。
ピンク色の中にも、オレンジ色、薄紫色、鮮やかな赤色。
いろんな色が、様々な筆致で存在していることが分かる。
薄い絵具層の上にあるさらに薄い汚れ層の洗浄は、特に神経をとがらせて行う作業。洗浄液の洗浄強度を調整しながら画面を行ったり来たり何度も、少しずつ洗浄していく。
本来の色彩を「発掘」する感じのように思う。
この度は、大切な作品の修復のご依頼いただき、修復事例の掲載を快諾下さいまして誠にありがとうございました!





