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油彩画の損傷

ぜひ一度お持ちの油彩画を、いろいろな角度からじっくりチェックしてみましょう。

「画面の汚れ」や「絵具の亀裂・剥落」は、誰もが気づきやすい油彩画の損傷です。
しかしそういった損傷は、実は気づきにくい「キャンバスの問題」や「保存環境の問題」から発生していることが多いものです。
油彩画の最表層にあらわれた損傷は、作品の抱える大きな問題のシグナルかもしれません。
油彩画の構造(断面図)

1.キャンバスの損傷

「作品の土台」であるキャンバスの状態は、とくに注意深くチェックし、良い状態に保つことが必要です。

 
キャンバスは、油彩画作品の支持体(土台)となる部分です。
麻・綿・合成繊維と種類も様々で、キャンバスを織りあげている糸の太さも「極細目」から「極太目」まで多種あります。
そして、経年の酸化によるキャンバス繊維の硬化は、作品自体をもろく、破れやすいものに変えてしまいます。
キャンバスの張りのゆるみ
キャンバスの張りのゆるみ
作品裏面はキャンバスが露わになっており、湿度の影響を受けて日々伸縮を繰り返しています。キャンバスの張りが緩んだままの作品は、絵具層に大きな負担をかけています。
キャンバスの劣化・硬化
キャンバスの劣化・硬化
キャンバスは麻・綿などの植物繊維を織り上げたものです。主成分はセルロースという有機物です。セルロースは、空気中の酸素により酸化する性質をもち、空気中の湿度を吸収・拡散する性質から黴の培養基となることもあります。
キャンバスの破れ
キャンバスの破れ
経年の酸化、あるいは日光によりキャンバスの酸化が進行するとキャンバスは硬化しもろくなってしまいます。その他、外傷により破れてしまうこともあります。
水濡れ
水濡れ
キャンバスは製造時に、膠塗による「目止め」→ 地塗りが施されています。水濡れにより目止めの膠分が緩み、甚大な絵具層の剥離が生じた作品もあります。
油の浸透
油の浸透
キャンバスの地塗り層、膠層を浸透しキャンバスに達してしまった油絵具の油分は、キャンバス繊維の酸化劣化を早めます。

2.地塗り層・絵具層の損傷

 
油彩画の絵具層は、作家が何色もの絵具を混ぜ合わせて作り出した色であったり、薄く何層も絵具を塗り重ねた結果醸し出された色です。
作家の技術とオリジナリティーが凝縮した絵具層は、多様な素材(油・顔料)が複雑に絡み合う部分です。

「損傷の早期発見、早い段階でのエイジングケア」が、作品を永く良い状態で残すポイントです。​
油彩画断面写真
油彩画断面写真
亀裂
亀裂
絵具層の割れ。
キャンバスの張りのゆるみ、経年による油絵具中の油の劣化等、様々な原因で起こる症状です。放置しておくと、絵具層は隆起して剥離につながります。
円状の亀裂
円状の亀裂
主に、外傷により円状に絵具層の亀裂が生じます。
剥離
剥離
亀裂が進行し、キャンバスから絵具層が剥がれてくる状態です。
剥落
剥落
キャンバスから絵具層・地塗り層が剥がれ落ちてしまった状態です。
●絵具層上層が下層から剥落する場合
●地塗り層から絵具層が剥落する場合
●キャンバスから地塗り層+絵具層が剥落する場合があり、それぞれ原因は異なります。
絵具の縮み
絵具の縮み
絵具が固化する過程で、下層と上層の絵具の収縮の相違により生じる。特に、油分の多い油絵具を用いた場合に起こりやすい症状です。絵具の剥落につながる危険性はないが、見た目の美的問題が生じる場合が多いです。
初期亀裂
初期亀裂
「亀裂」と異なり、絵具の固化過程で生じる亀裂です。下層の絵具が固化する前に上層の絵具が固化した場合に起こります。顔料と油分のバランスが良好でない絵具を用いた場合に生じることが多い。
チョーキング(粉状化)
チョーキング(粉状化)
油絵具の油分の劣化、あるいは油分が少ないために生じる症状です。細かい亀裂が生じ、絵具層が粉状に剥落するので注意が必要です。

3.画面汚れ等

画面の汚れは油彩画作品本来の艶やかさ、鮮やかな色彩を損ねることに。その他、カビの発生にも注意が必要です。

 
多湿の日本では、カビが発生した作品を多く見かけます。
カビ発生を放置しておくと、カビの菌糸は絵具層の内部まで浸食し、画面は艶のないカサカサした印象になります。
アクリル・ガラス付きの額縁に入っている作品であっても、白い点状の付着物が見られる場合は「カビの発生」を疑ってみてください!
黴
湿度の高い日本では特に注意が必要な症状です。油絵にも黴は繁殖します。はじめは白い点状ですが、放置すると油絵具の油分に浸食していきます。早めの洗浄除菌が必要です。
黴:顕微鏡写真
黴:顕微鏡写真
油彩画に生じた黴は菌糸を画面、さらには絵具層の中まで伸ばしていきます。絵具層の油分を侵されると、絵具層はもろくカサカサとした質感になってしまいます。
埃汚れ
埃汚れ
古い額縁は画面保護アクリルが入っていないものが多く、経年によりどうしても埃汚れが付着しているものです。ひどい場合には、画面は白っぽくくすんだ色彩に見えています。
結晶の生成
結晶の生成
結晶は、白い点状に発生し一見すると黴のように思われがちです。絵具層の細かな亀裂、マチエールの窪みに発生していることが多いですが、絵具によっては画面全体に発生します。絵具顔料が大気汚染物質や湿気と反応し結晶は生成されます。絵具層を内部から変質してしまうので注意が必要です。
虫ふん
虫ふん
茶色や黒色の点状に付着しているのは虫の分泌物です。長くほっておくと、分泌物の色は取れにくくなります。
旧補彩
旧補彩
絵具が剥がれた箇所に油絵具で色付けしている作品もよく見受けられます。経年により色の違いが生じた場合、加筆された油絵具を取り除くには溶解力の強い溶剤が必要となり、作品への危険性も高まります。
タバコのヤニ汚れ
タバコのヤニ汚れ
会社の応接室・会議室等にあった油彩画は、茶色くヤニ(タール)が付着しているものもあります。本来の色彩が分からないほど茶色くなった作品も!
旧補修跡:合成接着剤の変色
旧補修跡:合成接着剤の変色
剥がれた絵具を、修復には用いない様な合成接着剤で接着した跡です。接着剤は変色し、絵具層よりも固く固まった接着剤を取り除くのはかえって困難な修復処置が必要になります。
二スの変色
二スの変色
ニスは、外気の有害なガス、紫外線、湿気などから絵具層を守っています。それらの影響を受け変質したニスは茶色く変色しています。「作品の深み」ともなりますが、本来の色彩を損なう程度の変色は問題です。
 
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